誰もが感じている「心が自由にならない」思いを自由にしていけるような連載をはじめました。
その第2回です。
今回は、僕の家に代々続いてきた物語についての続きです。

前回、僕の祖母は子育てをした経験がなかった、というお話を書きました。

これから書く祖母と父の話は、詳しいことがわからないので僕の推測です。

祖母は、かなり田舎の山奥が出身で、四姉妹の長女でした。
家を支える必要があったのだと思うのですが、若い頃から都会へ働きに来ていたようです。

そこで祖母は祖父にあたる男性と出会い、結婚して、子どもである僕の父が生まれました。

跡取りだった祖母は、実家に家族で戻ったのですが、いろんな事情で、祖父と別れることになったようです。

祖母は、また都会に出ることになったのですが、その間、祖母の子どもである僕の父は、祖母の母、僕の曾祖母が育てることになりました。

祖母の実家は本当に山奥だったので、当時としては、なかなか勤め先から実家に帰ってこられなかったのではないかと思います。

すると、僕の父が、母である祖母と会えるのは、本当に少ない機会だったのではないかと思うのです。

僕は、前回書いたように、母ではなく祖母に育てられましたが、両親は営んでいるお店に住居があり、祖母と僕たち子どもは実家にいて、別々に暮らしていました。
幼心に、それが寂しかったのですが、でも、その距離は100mほどしか離れていなかったので、毎日、顔を見ていたんですね。

父は文字通り、曾祖母が母であり、実の母である祖母は、本当に時々しか帰ってこない存在だったのだと思います。
そんなふうに母が離れている父は、どんな思いだったのか。
また、子どもをおいてきている祖母はどんな思いだったのか。

それはかなり辛い、また寂しいものだったのではないかと思います。

けれど、世代が僕の時代におりてきても、同じことが僕のところでも起こったんですね。

母が子を育てられず、子が母に育ててもらえない。

僕は、このことを、当時は、代々続く悲しみの連鎖だと思っていました。

けれども、悲しみの連鎖は止めることができる、僕はそう思うようになっていきます。
そのきっかけをもらったのは、カウンセリングでした。

「八日目の蝉」にも、親から子へ引き継がれてしまう物語が描かれています。

僕の思いの変化とは、内容は違いますが、「八日目の蝉」で主人公が変化していく様子を観て、僕は自分と重なるところを感じることになり、そのことが、僕の、そして両親の、祖母の物語を思い出すことにつながったのだと思います。

☆ 続く ☆

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