『祈る』というのは、ただ、誰かのために祈る、ということのように私は思います。

特に、この1年、たくさんのこうした『祈り』を感じる機会がありました。

私だけでなく、多くの方がそれを感じられたのではないでしょうか。

痛ましい事件や災害が起こる度に、私たちの心は叫びます。

それに自覚がないという方もおられます。

でも、感じているんですね。

全く無関心な方が、「私は何も感じないんです」とわざわざ言ったりしません。

関心がない、とは、話題にものぼらない、気にもならないということです。

「感じない」と感じるということは、感じているのに痛過ぎて感じることができないことであるように私は思います。

そう考えてみると、何か大きな出来事が起こったとき、それに反応しない人は誰もいないのではないか、と思うのです。

そして、意識していても、無意識でも、大変な被害や痛みにあった人たちのために、私たちは、いろんな形で「祈って」いるのではないかと思います。

今日、日本中に、世界中に、その『祈り』が飛び交っている。

そう思います。

きれいごとのようにしか表現できない自分を本当にもどかしく感じながら、そのまま書かせていただきます。


東日本大震災で被災されました皆さま、
様々な復旧活動にあたられている皆さま、
大切な方が被災された皆さま、
そして、この震災で心を痛めた全ての皆さま

皆さんのために祈ります。

【アメブロ・恋と仕事の心理学】『祈りの力』(2012.3.10)の記事はこちらをご覧ください。