池尾家日誌11往復目です。

今日のお題
「眼鏡をついに作った」
「星が四つに見える私」
「私たちは見たいように物事を見ている」

池尾家日誌バナースクエア

























 

◎前回の池尾千里の日誌は以下へ!

苦手でも大丈夫!【池尾家日誌】「なぜ恋愛で悩むのか」恋愛心理学講座は10/22木開講! : 心理カウンセラー◆池尾千里

お待た・・いえ、誰も待ってなど いないかもしれない。 少し、間が空いてしまい、先生に怒られそうな『池尾家日誌』。 いけ夫( 池尾昌紀)の前回の日誌は、あんまりおもしろくないのでささっとお読みくだ・・ これがスバラシイと連絡をくれた方がいました。



あまりにも長く更新ができてなくて、お待ちいただいていた皆様、本当に申し訳ありません。

書きたいことは山ほどあったのですが、なかなか書けず。

この反省から、次の池尾家日誌の私の担当については11月21日(土)までには必ず書きます!と最初から予告させていただきます!


千里の都合も聞かずに予告してしまっていいのか・・・。

いいことにする!(私の中で)

書きたいことの話である。

ついに眼鏡を作った!

3年ほど前(いやもっと前か)から老眼&乱視がひどくて、スマホの文字設定を最大にしたり、最も安い老眼鏡を買ってみたりして凌いでいたが、今年になって星が4つに見えたことをきっかけに、これはもうきちんとした眼鏡を買うしかない!と決意し、ようやく作ったのであった。


眼鏡を作るならここ!というのは前から決めておった。

この10月にオープンした『ニジヒマ』である。

この名前は「虹と向日葵」の略とのことだが、作ってくれる主人の人柄が現れるとても素敵な名前だと思う。


で、視力などの検査をしてもらったのだが、率直な感想は

「こんなにたくさんの検査があるんだ!」

ということ。


びっくりしたけど、めちゃ面白かった。


いろいろ思うところあるのだけど(最初のヒアリングで私のビジョンを聞かれて,
うまく答えられなかったとか)一番印象に残っているのは作ってくれた主人の

「あなたの目は自らがんばって見えるように調整してきたのかもね」

という言葉。


私の解釈になってしまうのだが、おそらく、私たちの目が何かを見る時にはその人独自の視点の合わせ方というものがあって、それは心の感じ方も似てくるから、目って大事、眼鏡って大事、なんじゃないかと。
 

これって「投影の話に似てる」と私は思ったわけです。


私たちの心は見たいように誰かや何かや出来事を見る。

だから、悲しい時の夕陽と嬉しい時の夕陽は、印象が違ってくる。

これは、私たちの心が誰かや何かを見る時、そのままの姿で見ることが難しいことを表している。

自分の心のフィルターがかかってしまうから。

投影の法則ですね。


だから、自分の中にある心のフィルターが何であるのかに気づきながら、誰かや何かを見たら、そこに本当の姿が見えるということになる。


見ることの大切をカウンセリングをはじめ、講座やセミナーでもよく話をしているけど、私自身が景色やパソコンの画面や本や人の顔を「目の機能として(という表現しかできないのだけど)この目がどのように見ているか」を考えた時、改めて、私は自分なりに、見たいように見ていていたし、自分の個性に合わせて見ていたのだな、という気づきをもらえたと感じている。
 

具体的に言えば、

「新しいメガネをかけたらよく見える!。パソコンで原稿を書いても、本を読んでも目が疲れない!」。

視力が回復したら、それは当然、よく見えるわけなんだけど、なんというか、投影ってこういうことなのかもな、と思ったわけです。

私が日常で何気なく見てる風景や景色や人の顔も、見えているつもりでも、ちゃんと見えてなかったというか。
これって「きちんと見ようという意欲」が必要なんだとも思うんだよね。
そのためには「この人のことの心の中には私が気がついてない部分がある」というような「見えてないかも、気づいてないかもしれない」という気づきが必要なんだと思う。
そうして「見えてない、気づいてないものを見たい」と意欲を持てば、今まで見えなかったもの、気づけなかったものが、その人の中に見えてくることもある。
「いつも厳しいこの人の中に優しさが見える」みたいに。
そして、こうした優しさが見えた時、それは自分の中にも優しさがあると気がつけるチャンスでもある。
こんな風に誰かの優しさに気づける自分に価値を感じ、今までがんばってきた自分にも感謝できる。 


私は幼少期からずっと視力検査で1.5、と良かったので、眼鏡には無縁だったし、視力のことや目の機能については無頓着だった。
しかし、だんだんと老眼と乱視が進んで、そして、実際に眼鏡を作ってみて、見ることの大切さを感じるようになり、上記のことを思ったわけです。
実際に目で見ることも、心で感じることも、両方大事だし、もしかしたらつながっているのかもな、とも思ったんだよね。

眼鏡をかけないでパソコンとか本とか読むと、ものすごく疲れることに気づき、ということは、私の目はとてもとてもがんばってくれていたんだな!と気づくきっかけになった。
そして、自分の目に無理をさせてたな、 と目に感謝しました。


あ!このメガネで星を見てない!

星は一つに見えるかな?こんど見てみよう。


ちなみにニジヒマの主人からは

「きっとあなたにはメガネと関係なく星が4つに見えるんだよ。」

と言われた。


目が四つある宇宙人か!


あ、もしかして宇宙人みたいな奴って言われたのかな、私・・・。


次の話にいく。


前回の日誌で(時間が経ちすぎて、いつのことだったか・・・)千里が


「駄洒落が下手でも大丈夫だよ。元気出してね。」


と励ましてくれておった。


いや、断固として言わせていただきたい。

最近の池尾家日誌の私のあれは

「駄洒落ではない!」

のだ!


しかし、なんと説明したらいいか・・・。

一つの言葉に関して、自分の心の赴くままに連想される言葉を書いているだけなのである。


例えば、前回の日誌でいえば


書く

飛車角

飛車角落ち


「書く」という言葉から、思いつくままに言葉を連想していったということなのだが。


それがどうした!という話でしたね・・・


本題に入る。

前置きが長すぎるのは毎回のことである。


前回の私の千里への問いは以下であった。
 

まだまだ、以前のようには出かけられませんが、家族で食べに行きたいお店はどこでしょう。
 
千里の回答は焼肉屋さんに行きたいとのことであった。

少し落ち着いたら是非、行こう!


しかし、私たち夫婦も歳を取ったな、と感じざるを得ないのが「焼き肉」や「バーベキュー」の時だよね、千里よ。


なぜなら、

「カルビが脂っこくて沢山食べられない」

からである。


赤身とか鳥ももがいいな〜


さて、前回の千里からの問いは以下であった。

 

最近、コ◯トコへ行きたいとよく言うけれど、いけ夫は、たくさん食べないし、たくさん一度に買ったりするの、あんまりイメージないけど、どこが楽しいのですか。


それは


「千里が楽しそうだから」


です。

面白いものや美味しそうなものがたくさんあるしね。


では、今回の私から千里への問いである。


なんか、これ久しぶり!(←反省せい!)
 

今、千里が読んでみたいと思っている、
あるいは、興味のある本は何ですか?
 

池尾千里の返信をお楽しみに!
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